飛翔、残酷な美の世界へ 小林礼奈

 王侯の栄誉といってもただ肩書きだけだ。外に名誉を誇るほど内に悩みを持つ。虚ろな栄誉はあっても現実は山なす心労なのだ。貴族と平民の間には見せかけの名声のほか、何の違いもないのだ。(木下順二訳『リチャード三世』1の4) 

 権力のためには実の兄さえ殺める。強烈な悪役を主人公に据えた『リチャード三世』をルーマニアの鬼才プルカレーテはほぼオールメールの日本人俳優を使い甘美に演出した。

 幕が開いた瞬間からビートを刻む音楽と宴会の狂乱の中のテンションの高さに度肝を抜かれる。特に冒頭の独白をリチャードにマイクを持たせ、宴会の流れの中の仲間内の戯れのように見せた大胆な戯曲の読みと演出を冒頭に持ってきたことはこれから起こることへの大きな前振りとして観客に印象深く映る。ただシンプルな舞台装置とモノトーンを基調とした衣装により、登場人物の判別がつきづらく、最低限の登場人物はある程度知っていることが必要かもしれない。しかし、圧倒的な演劇の力と、悪に手を染めて王座を獲得するリチャードの強烈なキャラクター性はむしろ際立ち、特に二幕に入ってからは舞台装置、小道具、衣装、音楽、役者が融合して引き締まった舞台になった。 

 主役、リチャード三世を演じた佐々木蔵之介は持ち前の端正さを生かし、大悪党でも小悪党でもなく、その間を泳ぐことにより多彩な面を見せる。特に二幕、王座を愛撫する場面に象徴されるようにリチャードはエロスの権化として性と死をもって権力を掌握していく。足の悪さをハイヒールとブーツで表現する大胆な読み替え、ころころと変わる声色は観客を弄ぶかのように魅力的だ。暴力的なまでの美しさは「外の名誉」「虚ろな名誉」となり、「山なす心労」へのカタルシスを許さない。悪に魅せられたリチャードに観客が魅せられることで、舞台全体が権力への甘美な誘惑にしがみつく人間の愚かさを逆説的に喚起させることとなった。 

 リチャードの妻となるアン夫人役の手塚とおる、エリザベス役の植本純米、マーガレット役の今井司朋彦の芸達者ぶりも光った。特に第一幕第二場、リチャードがアン夫人を誘惑する場面では緊迫感の中に色気が漂い、張りのある場面になっていた。そして性愛の力学もまた、人間の暗部への導入となるのだ。 

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